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レイブル・エイリークソン(Leif Ericson)について

ハットルグリムス教会の前にある”レイブル エイリークソン像”。レイキャヴィークの代表的なイメージの一つです。この像はアイスランド初の民主議会「アルシング」の発祥一千年を記念して1930年にアメリカ合衆国から贈られました。

Img_30572_3 銅像の裏には「ヴィーンランドを発見したレイブル エイリークソン」と記されていました。コロンブスより500年前に北米大陸を発見したレイブルを讃えてのことだと思います

1.赤毛のエイリーク

レイブル・エイリークソンといえば、その前に忘れてならないのは、グリーンランドを発見した「赤毛のエイリーク」の息子だということ。『赤毛のエイリークのサガ』は日本語に訳されているアイスランドサガの中でも冒険的な要素があっておもしろいです。

赤毛のエイリークの家系は気性がはげしく、周囲との争いが絶えませんでした。アイスランドを追われて”新大陸”を探す航海に出たところ島を発見。その島を”グリーンランド”と名付けたことでも有名です。
29img_3747 エイリークが新大陸発見へと旅だったクヴァムスフィヨルズル Hvammsfjörður。(スナイフェルネース半島の付け根にある湾)
26img_1876_2 スナイフェルネース半島の北に広がる海。Breiðafjörðurブレイザフィヨルズルにて。

2.レイブルの北米大陸発見
エイリークの息子レイブルは、父親の行動力に思慮深さも備えていた人物で、しばらくノルウェーの国王に仕えていました。西暦1000年頃、ノルウェー国王オーラーヴル・トリュッグヴァソンの命を受け、キリスト教を布教するためにグリーンランドへ戻ることになりました。その帰る途中に嵐に遭遇し南西方向に流されてしまいます。そして辿り着いた土地が北米大陸でした。

レイブルがグリーンランドに戻ると、新大陸発見は大きな反響を呼び、野生の葡萄があったことから「ヴィーンランド」(ぶどうの国)と名付けられました。その後探検隊も組まれ、グリーンランドからニューファンドランド島やラブラドール、北米大陸東端への航海が繰り返されました。

Nf166 当時「マルクランド」(森の地)と名付けられたカナダ東部、ラブラドールの風景。

ニューファンドランド島の最北端に、1000年頃のバイキングの集落跡があります。

Img153 ニューファンドランド西部、半島の北端にあるランス・オ・メドー。フランス語で「L'Anse-aux-Méduses」、"Méduses"(メドゥーサ)はクラゲなので「クラゲの入江」。

ニューファンドランド北部の海岸線は、毎年4~6月頃グリーンランドから氷山が海流に乗ってやって来ることで有名です。Img_1802 グリーンランドからやってきた氷山。ニューファンドランド、セント・ブレンダン島にて。

※さらに400年前、アイルランドの僧侶セント・ブレンダン(St.Brendan)が北米大陸に到着していたのではないかという説があります。話が長くなるのでまた次回にしたいと思います。

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